●グレー
ヨーロッパ 英国 AD1764 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1764〜1845 イギリスの政治家。初代グレー伯の子。イートン校およびケンブリッジ大学に学び,1786年下院議員になった。スォックスとともにウィッグ党の指導者で,ジョージ3世とピット(小)内閣の政策に反対した。1792年には選挙法改正を目的とする“人民の友協会”の結成に参画し,以後その一員として議会改革運動に尽力した。1806年グレンヴィルの挙国一致内閣が成立すると海相になり,さらに外相をつとめたが,1807年カトリック教徒解放を熱心に支持したためジョージ3世と衝突し,辞任した。同年父の跡を継いで第2代伯となり上院に移った。1830年ウェリントン内閣崩壊のあと,トーリー党カニング派の協力を得て首相となり,多年の主張であった議会改革に着手した。議会の解散・内閣総辞職・再組閣という困難を経て,1832年選挙法改正を実現した。ほかに,工場労働・自治体・貧民救済・奴隷使用禁止に関する改革を行ったが,1834年内閣不統一のため辞職した。
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