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ヨーロッパ 英国 AD1862 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1862〜1933 イギリスの政治家。オックスフォード大学に学び,1885年自由党議員として下院に入った。1892年から1895年まで最後のグラッドストン内閣の外務次官をつとめた。南ア戦争にさいしては政府の帝国主義政策を支持した。1905年から1916年まで,キャンベル=バナマン・アスキス両自由党内閣の外相として,第一次世界大戦前および大戦中のイギリス外交を指導した。1906年アルヘシラス会議ではフランスを支持して英仏協商をいっそう強化し,1907年英露協商の締結に成功し,三国協商で三国同盟に対抗した。1911年アガディール事件(第2次モロッコ事件)にさいしてはフランス支持を明示してドイツを非難した。1914年6月のサライェヴォ事件直後オーストリア−セルビア間の紛争調停を行い破局の回避につとめたが空しく,ドイツのベルギー中立侵犯を機に同年8月議会の支持を得て対独宣戦を行った。大戦勃発後は連合国の団結につとめ,1916年アスキス内閣総辞職とともに下野し,子爵を授けられた。
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