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●蔵元 くらもと

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 掛屋などとともに蔵屋敷の経営にあたった江戸時代の商人,と一応記して以下の記述に入る。諸大名が領内から集めた諸品を集積・換金するための蔵屋敷の管理経営は初め各藩の家人をあてたが,寛文ころから商人に任せることが普通となった。その嚆矢はすでに寛永年間にも例があるが,寛文年間以降は町人蔵元が大勢となる。蔵元は士分待遇をうけて扶持米を給された。蔵物の売りさばき,すなわち掛屋・用聞・用達などを兼ねて口銭を得,一種投機的方法もとるなどの利益をあげえた。初期の蔵元として淀屋が知られ,姫路・熊本・岡崎などの有力大名とかかわった平野屋,岡山・広島・福岡の各藩とつながりをもった鴻池などは有力な両替商人でもある。同一人が複数藩の蔵元を兼務する例も多く,蔵元の数は延享年間にいたって100以上といわれた。大名の財政窮乏とともに蔵元は大名貸を行い,大名財政の死命を制する立場にたつことにもなり,貸し倒れの危険をはらみつつも多くは拡張発展した。