●グラムシ
ヨーロッパ イタリア共和国 AD1891 イタリア王国
1891〜1937 トリアッティと並ぶイタリア共産党指導者の一人。サルディニア島カリアリ県アレスに生まれる。背骨彎曲症・病弱,父の汚職の罪など,屈辱と貧困のなかから苦学して1911年奨学金を得てトリノ大学文学部に入る。頑固なサルディニア主義者であったが,大都市トリノの労働者や大学の左翼思想家と交流するうちに南部の後進性が階級矛盾に負うことに気づき,1913年社会党入党,1915年「アヴァンティ」トリノ版編集者,1917年トリノ社会党セクション書記,1921年共産党創設中央委員,翌年コミンテルンイタリア代表としてモスクワ入り,1924年帰国,共産党を国民的・国際的党にするため努力した。1926年ファシスト政府に逮捕され,1937年病気のため解放されるが死去。獄中で書いた32冊のノートが残され,彼の展開した“ヘゲモニー論”や“国家論”はレーニン以後の重要な左翼的思想として評価されている。イタリア共産党の強さはグラムシの南部・農業政策論に負うところ大。