●公文所 くもんじょ
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公的文書(公文)を保管し取り扱う役所。平安時代,大宰府・山城・美濃などの国衙に置かれたほか,有力諸家・諸社寺でも所領関係の公文書保管のため公文所または文殿を置いた。源頼朝もこれらの例にならって1184年(元暦1)鎌倉に公文所を設置し大江広元を別当として寄人を配し侍所,問注所とともに政務を分業させた。1185年(文治1)4月頼朝が従二位を叙せられてより政所を称するょうになった。しかし家政機関としての政所の整備は1190年(建久l)権大納言右近衛大将に任ぜられてからであろう。やがて,公文所の上部機関として政所が置かれてから公文所はその一部局となった。しかし,本質的に政所は従来の公文所の職務を継承したのであり,公文所は文書の保管その他限定された一切の仕事のみを分担し,それは政所の職員の管掌事項であったことは『吾妻鏡』の記載によっても知ることができる。