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●クメール朝 クメールちょう

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 カンボジア北西部シエムリアップ市近郊を王都とした古代クメール王国。別名アンコール朝。6世紀ごろから1432年までの,802年以前を前クメール朝期,以後をクメール朝期に分け,中国の呼称は「真臘」。802年ジャヤヴァルマン2世(802〜834)が登位し,繁栄するヤショヴァルマンl世治下で,初めてアンコールに一辺4kmの環濠都城を造営,この王に因み「ヤショダラブラ」と呼称。

 以後約550年間に諸王が新王都・寺院・僧院等を建立,それらが現存するアンコール遺跡である。13世紀の最盛期にはアンコール=ワットアンコール=トムを建立,インドシナ半島のメコン川・チャオプラヤ川の流域を版図とする大帝国に発展。政治は王中心の一部の大臣・高官による祭政一致的傾向が強い。立国の基盤の農業生産は治水により拡大,扶養人口も増大した。王朝崩壊の主因はシャム(タイ)のアユタヤ朝との激戦,過酷な徴税と賦役動員などによる疲幣である。