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●熊沢蕃山 くまざわばんさん

アジア 日本 AD1619 江戸時代

 1619〜91(元和5〜元禄4)江戸時代前期の陽明学者。名は伯継,字は了介,号が蕃山または自遊軒,通称は次郎八のち助右衛門。野尻藤兵衛一利の子として京都で出生。8歳で外祖父熊沢守久の養子,1634年(寛永11)岡山藩主池田光政に小姓役として出仕,1639年いったん致仕し,近江桐原の祖父の実家へ行き,1642年中江藤樹に就き陽明学を学ぶ。1645年(正保2)再び池田光政に招かれ,信任厚く3,000石を給され,藩政に参与。治績は治山・治水・飢餓対策に及んだが,誹謗をうけることも多く再び致仕。1658年(万治1)京都に移り開塾。名声高まるにつれて流言も行われ,1667年(寛文7)吉野山に隠居,さらに山城国鹿背山に移る。1669年幕命により明石藩に預けられ,1673年(延宝1)藩主移封により大和郡山の矢田山に移る。1687年(貞享4)幕命により下総古河に禁錮となり同地で病没。一元論的な太虚思想であり,とくに現実的実践を掲げ,主著『大学或問』には鋭い経世批判がみられる。

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