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●骨力裴羅 クトルク=ボイラ

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 ?〜747 ウイグル帝国初代の可汗。その子で第2代可汗の磨延啜の2碑文によると,可汗号はキョル=ビルゲ=カガン。742年には磨延啜に命じて突厥の烏蘇米施特勤を追撃させ,抜悉密・葛邏禄とともに,まず突厥骨咄葉護可汗を唐北辺で殺害させた。続いて可汗となった烏蘇米施も撃破,彼の逃走中の2年間は抜悉密の可汗を頂点とし,自らは葛邏禄の長とともに東西で葉護の官につく体制をとった。744年に入って烏蘇米施を殺害させ,同年中に葛邏禄・抜悉密を順に支配下に収め,すでに服属していた九姓部族連合の支持を得て可汗となる。翌745年には,突厥の余衆が立てた白眉可汗を殺してウイグル帝国を建設し,本拠をウチュケン山とオルホン河のあいだに移した。唐からは奉義王とされ,懐仁可汗とも号した。747年に没し,葉護の官に任じてあった磨延啜が可汗となった。