●クッラー
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コーラン詠唱の専門家(カーリー)の複数形である。厳密にはハーフィズ(全コーラン暗誦者)とは違うが,初期イスラーム時代ではほとんど同じ意味をもった。リッダの戦いのうちヤマーマの役(632)で多数のクッラーが戦死したことがコーラン結集の直接の契機となった。アラブの大征服時代に彼らは宗教・政治の両面で大きな影響力をもったゆえに彼らの社会的地位は高かった。また戦場では彼らはクッラー軍団をなして戦士を鼓舞した。彼らはコーランとイスラームの最初の教師として征服地の各地に派遣された。彼らの多くは禁欲を旨として暮らし世俗化した政府に対してはピューリタン的反対勢力の中心核となった者も少なくなかった。ハーリジ派が多いのはこのためである。コーラン詠唱学は宗教諸学のなかでも最も古い学問である。ヘジラ2世紀のあいだにその正統7流派(10ともいう)が完成したがそれらの学祖の大半は元マワーリー(ペルシャ系庇護氏)である。現在ではムクリーと呼ばれる専門のコーラン詠唱者がいる。彼らは美声であるとともに上記の詠唱流儀をマスターしたうえで技術的訓練を長年積んだ声の専門家である。彼らは各種の公の宗教的集会や個人的儀礼(メッカ巡礼からの無事帰還,婚約祝・法要など)のさいに頼まれて詠唱する。