●屈原 くつげん
アジア 中華人民共和国 BC343 周
前343?〜前277? 中国,戦国時代の楚の政治家・詩人。『楚辞』の代表作家。名は平,原はその字(あざな)。楚王の一族。博学で文筆に優れ,政治・外交に長じ,懐王(在位前329〜前299,懐王元〜懐王30)の左徒の官として政令の起草と外交折衝にあたった。また,三閭大夫(さんりょたいふ)として昭・屈・景の王族3姓をつかさどった。しかし,上官大夫の中傷にあい,王から遠ざけられた。屈原は君を愛する忠信の心と国をおもう憂愁の情とをもって『離騒』をつくった。懐王は秦の張儀の謀略にあい,しかも秦軍に大敗した(前312,懐王17・初更13)。王は屈原を起用して斉との連合をはかった。翌年,秦との和に際し,屈原は張儀を殺すように進言したが機を逸した。秦の昭王が懐王に会盟を求めてきたとき,屈原は反対したが,王は子蘭の言をきき,秦に入って捕えられ,頃襄王が位を継いだ。子蘭は屈原を頃襄王にそしり,王は屈原を江南に流した。屈原は憂苦のうちに汨羅(べきら)の川に身を投じた。
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