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●クッターブ

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 コーラン塾。アラブの大征服後,宮廷も貴族たちも学問(アラビア語文学やイスラーム諸学)を全般的に奨励したが,モスク内教育を中心としたこれら諸学の教育は,10世紀の末になると大人と子供の教育の場をわける必要が生じた。そこで子供のための手習い教育やコーラン暗誦教育はモスクに付随したクッターブとして独立した。その後クッターブは中世イスラーム圏の唯一の初等マスプロ教育として村や市街地の各所に普及した(第一次世界大戦前のエジプトでは4,000の塾と23万人の生徒がいた)。しかし今日では国民小学校の普及によって急速に消滅しつつある。クッターブはつねに国家権力の統制外にあって,その経費は個人の寄付金(オスマン朝下では一部政府の助成金を受けた)と生徒が毎日もってくるパンおよび生徒の両親から贈られる不定期の金品によってまかなわれていた。生徒は5〜15歳前後までの子供たちで狭苦しい所でひざに書板をのせてうずくまる。資格に乏しい薄給の教師は杖をもち低い台座に座ってコーランの暗誦と読誦(意味の説明はない),読み書き文法の基本,教化を目的とする説話やことわざなどを指導して教える。こうした素朴なクッターブからイスラーム世界の数々の天才や逸材が育った。