●楠木正行 くすのきまさつら
アジア 日本 AD1326 鎌倉時代
1326〜48(嘉暦1〜正年3・貞和4)南北朝時代の武将。楠木正成の長男。河内守。1336年(延元1・建武3)父の死後,楠木氏一族の中心として和泉・河内の土豪層を結集した。1338年,後醍醐天皇の死に際し,一族和田和泉守とともに行官警護につとめ,南軍の指導者として畿内各地を転戦した。1347年紀伊国伊都郡隅田一党の拠点隅田城を攻め,同年細川顕氏と河内国池尻で戦いこれを破って天王寺辺りまで進出,細川方の山名時氏の大軍を撃破している。そのため北軍は高師直・師泰を派遣し,河内の南軍と対決させている。1348年,正行は四条隆資の軍に属し,河内国の四条畷において和田賢秀・楠木正時とともに高師直軍と全面対決し,重傷を負って自害している。正行の死後に,弟楠木正儀が中心となり,その遺志をついだ。楠木正行は,『太平記』に描かれた父との桜井駅訣別で有名。落合直文の「大楠公の歌」で国民的英雄となり,「小楠公の歌」にもよまれて,その名をのこした。