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●楠木正成 くすのきまさしげ

アジア 日本 AD1294 鎌倉時代

 1294〜1336(永仁2〜延元1・建武3)南北朝時代の武将。多門丸,左衛門尉。父は楠木正遠であり,河内国観心寺領の土豪。畿内南部で活躍。1331年(元弘1・元徳3)に後醍醐天皇に応じて赤坂城に挙兵。湯浅定仏と戦う。赤坂城がおちると千早城へ移り,翌年臨川寺領和泉国若松荘へ進入する。1333年阿蘇治時らの幕府包囲軍と衝突。反幕勢力の結束に時間かせぎをし,赤松氏らの六波羅攻撃を受け,金剛山包囲網をくずして,千早城を出発。後醍醐天皇を兵庫に迎え,建武政権成立に力をかした。恩賞方・記録所寄人・雑訴決断所奉行・武者所勤務となり,建武政権を支える三木一草の一人と数えられた。従五位下・河内守・摂津守となり,天皇より信頼をうけ,二条富小路に居をかまえた。1336年には足利尊氏の軍を糺森に迎え撃破,九州へ敗走させたが,同年の東上にあたり,湊川に迎えうって敗死。七生報国の念をもった人といわれ,江戸時代より顕彰運動がおきた。

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