●薬子の変 くすこのへん
アジア 日本 AD810 平安時代
平城上皇が810年(弘化l)に後宮の寵妃藤原薬子とその兄仲成にそそのかされ,復位をねらいおこした政変事件。薬子は皇太子時代の平城のもとに出仕し,その寵を被り,平城在位中は権勢をほしいままにしていたが,病により平城が退位すると勢力を失ってしまったので,その回復を願い,上皇の復位を計画したのである。上皇は奈良遷都を考え,平城宮造営を命じてそこへ移り,嵯峨天皇のいる平安京とのあいだに,二所朝廷と称される状態を出現させた。上皇側は正式の遷都をめざし,嵯峨天皇側は上皇側に対する警戒を強めるなかで,810年(弘仁l)9月両者の対立が頂点に達し,ついに天皇側は仲成を捕え薬子を追放し,衝突するにいたった。上皇は平城京を脱出し東国へむかおうとしたが,天皇側のすばやい迎撃により平城宮に帰還し,上皇は剃髪,仲成は射殺,薬子は自殺した。律令支配が困難を迎えていくなかでおこった宮廷内の内紛事件と把握できる性格を有している。