●公事方御定書 くじかたおさだめがき
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御定書百カ条ともいう。徳川吉宗が公事方の実務のための刑事法典と民事法典の編纂を1720年(享保5)に試み,1724年に『享保度法律類集』として提出したが,これをいま一度整備したのが1742年(寛保2)公事方御定書である。これは江戸幕府の刑法典。大岡忠相を登用して1740年(元文5)より3年で完成したもので,上下2巻で,寺社奉行牧野貞通・町奉行石河長朝・勘定奉行水野忠伸3人が主任となってつくったもの。大岡の役割は不明,その後10年類集づくりが行われている。上巻は刑事・民事訴訟と裁判手続き,各種犯罪の刑罰103条,世にこれを御定書百カ条と呼ぶ。下巻は享保年代評定所の決定をあつめたものである。御定書百カ条は幕府支配下の公布するものでなく,寺社・町・勘定奉行のほか他見をゆるさず一般人民対象のもの,一部下級武士に適用されたものであった。その施行範囲からいってその影響には限界があった。そして御触書寛保集成と同一時代につくられている。