●盟神探湯 くがたち
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古代の神判。『古事記』允恭天皇の巻に〈天下の氏氏名名の人等の,氏姓の忤(たが)い過てるを愁へて,味白檮之言八十禍津日前(あまかしのことやそまがついのさき)に玖訶瓮(くかべ)を居(す)ゑて〉云々とあり,『日本書紀』の同じ記事に〈盟神探湯〉とある。大言海に〈朝鮮語kuk(湯)chat(探る)と同じ語源ナラムトモ云フ〉とある。「だち」は役立(えだち)軍立(いくさだち)の「たち」と同じくその事に赴く,従事するの意。応神紀・継体紀にもみえ,垂仁紀に〈中臣連祖探湯主〉の人名もみえる。誓湯(うけひゆ)・湯起請(ゆきしょう)も同様の神判で,心にやましいところのない者はただれず,やましい者はただれるということで,正邪を判定した。この神判はインドなどにも行われたという。