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●陸羯南 くがかつなん

アジア 日本 AD1857 江戸時代

 1857〜1907(安政4〜明治40)明治中期の新聞記者・政論家。津軽藩士中田謙斎の二男,本名実。東奥義塾卒,仙台師範学校中退,司法省法律学校放校。北海道に渡ってのち再度上京して太政官書記局員となる。1888年(明治21)退官して,「東洋電報」という日刊新聞を創刊(社長),翌年「日本」と改題,社長兼主筆として活躍した。彼は徳富蘇峰・朝日奈知泉らとともに言論界の代表であった。すなわち,国民精神の昂揚につとめ,官僚主義と藩閥政府の専制を攻撃する彼の社説・評論は論旨明快,多くの読者の支持を得た。なお,正岡子規を中心とする日本派の文芸を紙上に掲載し,その方面の功績も大きかった。政府の激しい弾圧を受けながらも,近代的ナショナリズム「日本主義」を主張しつづけた。おもな著作物は,『原政』『近時政論考』『国際論』などがあり,『南文録』『南文集』には,論文のほか詩歌の類も収録されている。1905年引退,翌年鎌倉で死没した。

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