●偶像 ぐうぞう
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ジャーヒリーア時代のアラビア半島では偶像崇拝が広く行われていた。唯一なる神以外のものを神として崇拝する風習を偶像崇拝とみなしているが,アラビア語では偶像を表すのに,sanamとwathan の2語が用いられる。前者は石や木材または金属などを素材とした身体をもつ像,後者は自然界の木・石または画像などをそれぞれさす。コーランのなかでは,サナムについて5回,ワサンについて3回,それぞれ言及されており,前者には,フバル・ワッド・ウッザー・アッラート・マナートなどの名が挙げられていて,男神・女神の区別がなされている。イブン=アルカルビーの『偶像の書』では,29の偶像神に関する記述がある。偶像にはsadinと呼ばれる司祭が仕え,信者からの供物を祭壇に供え,各種の祈願が行われた。イスラームは偶像崇拝を厳にいましめており,ムハンマドは,メッカ征服のとき,カアバ神殿のまわりに置かれていた偶像の目を弓の先で打ったあと,撤去・破壊させた。