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●均徭 きんよう

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 明代において,里甲制下の正役以外の雑多な役を整理し,各戸の負担能力に応じて,課役の公平を期した役法。明代の課役は,里甲正役以外に雑泛差役(ざっぱんさえき)と呼ばれる諸々の役が不定期・不定量に存在し,時代がくだるに従って複雑さを増すとともに総額も増大した。この役負担の均衡を目的に,民戸を資産の多寡と人丁の数に応じ「三等九則」にわかち,戸則の高下に従って順次を記した均徭冊を作成し,それに従って10年1役の割で課役したが,のちに5年1役,3年1役と期間が短縮されて負担が増大した。この法は,1443年(正統8)江西で按察司僉事夏時によって初めて行われたが,その後しだいに各地で行われ,1488年(弘治1)には全国的に施行された。当初は労役を徴収する力差であったが,銀の流通の盛行とともに銀で徴収する銀差が中心となっていった。一条鞭法の施行に伴いそのなかに内包されたが,名称は税の1項目として残存した。