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●近代 きんだい

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 「近代」というのはラテン語のモデルヌスの訳語で,もともとは「古代」または「前の時代」を意味するアンティクースと対立することばであった。つまり,「新しい時代」「現代」といった意味であった。しかし今日では一般に「19世紀を中心とした世界史上の一時代」という意味で使われることが多い。近代音楽とか近代建築とかいわれるものも,18,19世紀の西ヨーロッパを標準としている場合が多い。

【ルネサンスとその後の時代】かつて17世紀にケラリウスという人がヨーロッパ史を古代・中世・近代と3時代区分法でたて分けたが,この場合の近代とはルネサンス以後の時代という意味であった。神学やカトリック的世界観の支配から解放され,個性に目覚めた個々の人間が躍動し活動する,そういう時代こそが近代であるとされた。共同体全体の利害よりも個人個人の利害を重視する世の中,つまりゲマインシャフトではなくゲゼルシャフトな社会が近代の社会だとする考え方は,その後19世紀まで支配的な「近代」についてのみかたであった。こういう考え方は今日でもなお部分的には生きている。しかし社会組織のあり方を重視する考え方が支配的になるとともに,古代や中世とは異なった「近代」の特色はまず,資本主義社会であること,ブルジョワジーが支配する市民社会であること,であるとされた。経済上からいえば,資本主義的な工場制工業の行われている時代,政治の上では議会制民主政治が行われている時代,社会的には身分の上下がなく原理的には全ての人びとが平等に扱われる時代,そういう時代こそが「近代」だと考えられるようになった。

【西ヨーロッパと近代】このように近代の社会とは,市民社会・資本主義社会・議会制民主主義社会と定義するのが,今日では最も妥当なところなのだが,そのような社会は世界史のなかではこれまで19世紀西ヨーロッパに開花した。個人個人が自由にのびのびと活躍でき,しかも合理的な学問・思想が華開いたフランス革命以後の西ヨーロッパが,近代国家と近代社会を典型的につくり上げた。そこでは,19世紀イギリスで2大政党の交代がスムースに行われたように,独裁や専制を排除した議会制民主主義も営まれた。しかし考えてみなければならないのは,市民社会・市民文化が理想的に開花した19世紀西ヨーロッパというのは,同時に彼らがアジア・アフリカなど広大な世界に対する植民地支配・武力支配を完成した時代であり,西ヨーロッパ的生活方法を世界各地の人々に押しつけた時代でもあった。人々の意見や意志を尊重する民主的な政治が営まれた時代というけれども,その人々というのは西ヨーロッパ自国民のみであって,彼らのあいだでの民主政治は完成したけれども,同時に広大な植民地・半植民地住民に対する支配と搾取はいよいよ強化され,彼らがもっていた科学技術と機械の力によって,西ヨーロッパがまさしく世界に君臨した時代であった。

【世界史のヨーロッパ時代】したがって近代というのは,世界史のなかでの「ヨーロッパ時代」であり,「ヨーロッパの世界支配の時代」にほかならなかった。科学技術と機械文明に支えられた西ヨーロッパ資本主義社会は,世界の他地域を支配することによって初めて成立した。そのような意味からして,世界史のなかで具体的な形で「近代」という時代を画定するとすれば,それは18世紀後半から20世紀初めまで,インドにおけるプラッシーの戦いのころから第一次世界大戦あるいは世界経済恐慌が始まった1930年ごろまでと,考えることができる。そのころから,アラブやアジア・アフリカ諸国に自立,独立の気運がおこり,社会主義国も成長していくなかで,自由放任であった資本主義国も大いに変容をとげるようになった。漠然と近代を市民社会と定義するとすれば,現代は大衆社会であり,西ヨーロッパの優越を許さない時代とみることができる。

〔参考文献〕ウォーラーステイン『近代世界システムI』1983,岩波書店