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●金聖嘆 きんせいたん

アジア 中華人民共和国 AD1607 明

 1607/08〜61 明末清初の文芸評論家。原名は采,字は若采,のち人瑞(じんずい)と改名,聖嘆は号。奇矯な言動を伝えるさまざまな逸語の持主で,その最後も県知事追放運動参加の廉による刑死という劇的なものであった。彼は李卓吾による『水滸伝』『西廂記』称揚のあとを承け,両書を経書にも比し,『離騒』や『史記』とともに六才子書の一とした。彼を最も有名にしているのは『水滸伝』の改作・批評である。すなわち当時通行の百回本をもとに,朝廷に降ってからの話が主となる後半3分の1を切り捨てて七十回とし,本文を部分的に改めたうえ,これを施耐庵の原作だとし,さらに自らの批評を加えて出版したのである。以後,この本が他を圧倒して流行する。彼の批評は気のきいた鋭いもので,その対象は一書全体から一節一句にまで及んでいる。また純然たる虚構の承認といった点は近代的批評に先駆すると評価される。ただし,正統的立場からは強い反発をかい,彼の文芸論は継承・発展されることなく終わった。