●金海貝塚 きんかいかいづか
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韓国,慶尚南道金海邑にある貝塚。金海貝塚を初めて発掘したのは,1907年8月,ここを訪れた今西竜である。貝塚は,鳳凰台と呼ばれる丘陵から東に張り出した小丘上に存在した。1914年に鳥居竜蔵,1915年黒板勝美,1916年に再び鳥居,1920年に浜田耕作と梅原末治が,それぞれ発掘した。浜田と梅原が,金海貝塚を発掘したのは,1920年10月であるが,この調査の学術上の価値を高めたものは,炭化した米粒と,新の王莽の時代に鋳造された貨泉が,発見されたことである。王莽の貨泉が出たことは,この貝塚の年代決定にあたって精密度の高い資料となる。また炭化米の発見は,日本列島への水稲栽培の伝播経路を探るための重要な根拠となりえる。米粒の計測によれば,粒長4.4mm,粒幅2.7mm,長幅比1.63のシャポニカであり,北九州の弥生文化前期のものに対応することが明らかになっている。