●金印勅書 きんいんちょくしょ
ヨーロッパ ヨーロッパ AD1356
1356年,神聖ローマ皇帝カール4世が発布した帝国法。名は文書に使用された黄金の印章に由来する。黄金文書とも金印憲章とも訳される。目的は皇帝選挙の原則および手続きを確定し,二重選挙に象徴される大空位時代以来の政治的混乱に終止符を打つことであった。ニュルンベルクとメッツの帝国議会で相ついで制定された法令は,全文31章から成っているが,その内容は大きく次の4点に要約できる。[1]皇帝選出権は,マインツ・トリアー・ケルンの3大司教とベーメン王・ファルツ伯・ザクセン公・ブランデンブルク辺境伯の4世俗諸侯の計7名に限定される。[2]選挙侯会議はフランクフルト=アム=マインにて,マインツ大司教の司宰で行われ,選挙は公開投票,票決は多数決とする。[3]戴冠式は古都アーヘンで行われ,教皇の承認を必要としない。[4]選挙侯位およびその領上は不可分で,長子による単独相続とする。なお,こうした選挙に関する規定のほかにも,フェーデ(私闘)の禁止,封臣の封主に対する反抗権の禁止,都市同盟や封土保持者間の同盟の禁上など,国内治安確立のための諸現定がなされた。その意味で,神聖ローマ帝国の基本法としての性格をもつものであったが,選挙侯をはじめ諸侯のほぼ独立的な地位を保証したことで,ドイツの領邦化を一層進めることにもなった。