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●記録映画 きろくえいが

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 カメラで事実を記録した映画。ドキュメンタリー映画ともいう。広義には報道映画・社会記録映画・教育映画・科学映画・宣伝映画などの総称であり,狭義には記録性をふまえた非劇映画・芸術映画をさす。1895年,フランスのリュミエールが初めてつくった作品も記録映画であり,ニュース映画を除いても,記録映画は映画史の初期からつくられていた。独自の芸術性が開拓されたのは,1922年アメリカのロバート=フラハティによるエスキモーの生活記録『北極の驚異』(別名『北地のナヌック』)以降で,その後の『モアナ』『アラン』とともに,生活記録でありながら,人と自然との闘いおよび交流が叙情的に描かれ,みる人に深い感銘を与えた。また,ソ連では10月革命前後に,ジガ=ヴェルトフを中心にしたグループによる「キノ=キー(映画眼)」「キノ=プラヴダ(映画美)」の運動がおこり,ヴィクトル=トゥリンの『トルクング』(1929)などの傑作が生まれた。これに示唆され,1930年前後にイギリスにもドキュメンタリー映画運動がおこり,ニシン漁の漁夫たちの生活を記録しながら労働と社会とのかかわりを描いたジョン=グリアソン『流しの網漁船』を筆頭に,バジル=ライトの『セイロンの歌』,ポール=ローザの『コンタクト』など,次々に注目作が公開された。これらの作品につづいて世界各国に,多種多様な映画が誕生。フランスでは,アラン=レイの『夜と霧』,アルベール=ラモリス『赤い風船』,スペインのルイス=ブニュエル『糧なき土地』,ドイツはレニ=リーフェンシュタールの『民族の祭典』,イタリアの『緑の魔境』『失われた大陸』,アメリカのディズニー映画『砂漠は生きている』など。

 日本においては,1930年前後にブルキノ運動がおこり,以後,芸術映画社などで記録映画が製作された。戦争中は日本映画社に統合,数々の作品を生んだが,戦後は一時衰弱。1950年以降に再び活発さをとり戻した。太田仁吉『稲の一生』,羽仁進『教室の子供たち』以後,小林正樹『東京裁判』,市川崑『東京オリンピック』,小川伸介『ニッポン・古屋敷村』,羽田澄子『早池峰の賦』など,記録映画は健在である。