●ギルド
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中世ヨーロッパにおける商工業者の組合組織。組合員の経済的利益を目的とするだけではなく,宗教生活・日常生活を包括する共同体的社会集団で,手工業者のギルドはドイツ語でツンフトともいう。ほかに9世紀から11世紀初めにかけての異民族侵入と政治的混乱に伴う社会不安のなかにあって,相互の援助を誓約し合って結ばれる保護ギルドや,貧者救済・病人看護・死者葬儀・祝祭執行などのためにつくられ,中世を通じて存在したキリスト教的兄弟団的な宗教ギルドがあった。これらが商工業者ギルドに影響を与えていることは考え得る。また,日本の座・株仲間,中国の行(ホン)・熱(パン),イスラーム世界のシンクなどはギルドに類似した組織とみなされる。【商人ギルド】早期の商人は遍歴商人として活動し,交易の旅の危険から防衛するため,あるいは情報交換や共通の利益維持のため仲間団体をなして往来した。10,11世紀以降,商人が定住するようになり都市が成立すると,彼らは各都市ごとに結合して組合を形成した。北ドイツ中心の都市を越えた商人の団体はのちにハンザ同盟に発展するが,これは一般の商人ギルドと区別すべきであろう。ギルドは役員を選出し独自の裁判を行って内部の統制をはかり,組合員は共同の酒宴・死亡した仲間の葬式・仲間の敵に対する報復・そのほか各種の相互扶助・また共同での聖人祝祭や貧者救済などの義務をもち,最も重大な義務違反者は除名された。11世紀末には独占ギルドとなり,すべての商人が加入して相互の競争を排除しつつ他市商人に対抗して市場を確保しようとした。このようなギルドは都市自治権獲得の運動においても主導権を握る。とくに有力組合員である富裕商人は政治的にも影響力を強め,上層市民として市参事会の重要構成員をなし,やがて都市貴族化した。しかし12世紀のあいだに,商人層内部での社会的分化が進んで業種別の商人組合が成立すると,ギルドはもはや全商人を代表する組織ではなくはり,また手工業者ギルドの発展もあってその意味は失われる。
【手工業者ギルド】11世紀未ないし12世紀以降,手工業者は各都市で業種別の同職組合を形成した。対外的には都市内における営業の独占を目的とし,13世紀になると手工業者のすべてに当該組合への加入を強制するにいたった(ツンフト強制)。手工業に従事しようとする者はまず組合の決定によって徒弟として受け入れられねばならず,組合員の親方のもとで2〜8年間の見習い奉公を勤める。ついで職人として数年間諸国を遍歴しながら各地の親方のもとで技術を高め,そのあと親方の資格を認められるのである。組合内部では商人ギルドの場合と同じく組合員の相互扶助や宗教活動をすすめ,また彼らの営業条件の均等化と競争制限のため製品の品質と価格,作業時間,職人と徒弟の雇用数と賃金,徒弟奉公の期間などを統制し,違反者は厳しく処罰した。組合は軍隊編成や課税など都市行政上の単位としての機能をもち,内部秩序についても都市当局の干渉を受けたが,他方で都市当局は組合加入者にのみ営業を認めてその独占を保障した。14世紀の盛期にはほとんどの都市でツンフト闘争がおこり,手工業者組合も都市貴族と同じ権利をもつ一定数の市参事会員を選ぶようになり,有力組合が市政の実権を握ることもあった。しかし同じころから,都市人口の増加や分業化の進展とともに組合の分裂や新しい組合の成立がみられ,あるいは親方への昇進の困難さが増したため職人たちが分離して,独自の職人組合を結成するようになる。そして中世末期以後は,商人および手工業者のいずれのギルドもますます排他的閉鎖的となり,資本制的発展のなかで衰退していく。それでも多くの同職組合組織は長く残り,19世紀の初め手工業者ギルドのすべてが最終的に廃止されるが,その慣習や風習は現代の西欧市民生活に伝えられている。
〔参考文献〕G.シュモラー,瀬原義生訳『ドイツ中世都市の成立とツンフト闘争』1975,末来社
阿部謹也『中世の窓から』1981,朝日新聞社