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●ギリシアの民族 ギリシアのみんぞく

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 現在普通に用いられている「ギリシア人」という名称はラテン語起源(Graeci)で,ギリシア人自身は彼らの住む地をヘラス(Hellas)といい,自らをヘレネス(Hellenes)と称し,同しことばを語らない異民族をバルバロイ(barbaroi)といった。ただし,古典期にはこの名称は多くの場合,ペルシア人をさしていた。ギリシア人は印欧語族の一方言としてのギリシア語を用いる民族である。ヨーロッパの東南部から,前2000年以前にバルカン東部を南下したと考えられている。ギリシア民族はイオニア人ドリス人アカイア人に3分類される場合があるが,現在では,たとえば,イオニア人ドリス人のあいだには本来的な区別があったのではなく,むしろアテナイとスパルタの国制の相違を一般化したにすぎない,という理由から,古代ギリシア方言研究にもとづく分類が有力である。方言によって分類するならば,ギリシア人は東方方言群と西方方言群に分けられる。前者に属するのは,クレタ文明を摂取し,ミュケナイ文明を創造したが,前1100年ごろからの第二次民族移動が起こってドリス人が南下したために,小アジアに移動するか,アッティカやアルカディアの地にとどまった人々である。西方方言群に属するのは,この第二次民族移動で南下したギリシア人であり,ペロポンネソス半島や中部ギリシアの多くのギリシア人である。この方言群に属するギリシア人によってミュケナイ文明は急速に衰え,その後にいわゆる暗黒時代が始まるが,このあいだに歴史時代のギリシアが形成され,民族の歴史的活躍が始まったのは,前8世紀ごろからである。この時期にはギリシア人はエーゲ海全域に拡がり,小さな部族単位に分かれて,語も無数の方言に分かれていた。ヘレニズム時代には方言差はなくなり,コイネといわれる共通語が東方方言群に属するアッティカ方言を基にしてつくり出された。以後,ギリシア人は文化的影響力は維持しながらも,歴史の主舞台からは退いた。