●漁労組織 ぎょろうそしき
AD
漁労の効率を上げるため,古くから複数の人間が共同して漁労を営んできた。近代化漁業が広まる前には各地にさまざまな漁労組織が存在し,その多くは今でも残っている。【豪族で行う漁労】海女(あま)は穴のあいた石や分銅のついた息綱をもって海に潜り,貝や海藻を採取したあとそれにつかまって海面に浮上するが,船上でこの綱を操るのは夫もしくは父親であった。またウニを夫婦で採取して子供や老人がそれを割ったり,1艘の釣り船に親子で乗り組むなど,家族単位で漁労を営むことは少なくなかった。
【数家族からなる漁労組織】いくつかの家族が共同で漁労を営むこともある。何人かの海女が共同で船頭を頼むときがあるが,収獲物を別々にする場合をベツカゴ,平等に分ける場合をナカマモグリなどという。何軒かの家でそれぞれ縄や網を出し,それをつなげて共同して延縄(はえなわ)漁や網漁を行うこともある。何艘かの釣り船が互いに密接な関係をもつカタフネという風習は各地にある。和歌山県雑賀(さいが)崎のカタフネは,4人乗りのサゲ舟3〜5艘が組んで出漁し,行動をともにするだけでなく漁獲物も共同して分配した。またそのとき4人の乗組員は別の家の者とし,遭難の際に一家全滅することを防止している。
【村落全体からなる漁労組織】カタフネ組織がさらに拡大して村落全体が一つの組織となる場合もあるが,その統率者は村の寄り合いで選出される。しかし村落全体で行われる漁の代表的なものは網漁で,村網・百姓網・地(じげ)網などと呼ばれ,全国各地で見られる。村網に参加する者は1戸1人と定められているところもあれば,村の者ならば女・子供でも,何人でもかまわないところもある。網は村落共同で所有している場合が多い。各漁民は漁・山仕事・畑仕事などをしていても,魚の大群が地先に押し寄せると見張役の合図でただちに浜へ行かなければならなかった。村網による獲物は網や船の補修費用を取り除いてから村民のあいだで分配したが,各戸に対して平等に分配する場合と各人に対して平等に分配する場合とがある。また網の世話役や漁の指揮者などのように特別な役割をする者は余分に与えられ,一方男手がなかったり病気で村網に参加できなかった家に分配するところもある。このような漁労組織は原始的な村落共同体の遺制であるのか,あるいは近世的な村落形成のなかで漁民の生活向上とともに生まれたのかは不明であるが,いずれにしても魚群の出現に即応できる形態であったことは間違いない。
【階層的漁労組織】網元・網主・船主などと呼ばれる少数者が網や船を所有し,他の者は網子・船子・船方などと呼ばれ,雇われて漁労に従事する形態である。網元と網子の関係は,漁獲物はすべて網元が取るかわりに網子の生活を保障するという隷属度の高いものから,比較的自由で漁獲物も網元が一定の取り分を取るだけで,残りを網子が平等に分配するというものもある。また一定の給与をもらって雇われるというものまである。
【漁労組織の統率】それぞれの漁労組織はいずれも,その目的を達成するためにいくつかの任務に分かれて協業を行う。島根県隠岐郡都万(つま)村の四人乗りづり漕釣りでは.ナワモチ・アトツリ・カジトリ・オモテノリに分かれていた。また宮城県気仙沼市のカツオ船では,船頭・二番口・オヤジ・ナカオヤジ・トモオシ・タカワキ・ワキロシ・マエロシ・五挺口・大ワキ口・カイ口・七挺口・カリコ・ドウマリ・カシキなどに分かれていた。網漁の場合も同様にいくつもの役割が定められていた。このような多人数で同一漁具を操作する場合は,1人のわずかなミスによって漁獲を逃すこともあるのでリーダーの強力な統率力と,それにこたえうる漁労組織がが必要とされた。それが今日まで漁村に古い社会関係が根強く残っている大きな要因となっている。