●巨石文化 きょせきぶんか
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北ヨーロッパを始め,旧大陸各地の先史遺跡に見出される大規模な石造構築物を,一般に「巨石(mega-lith)」(“mega”はギリシア語で「巨大」,“lith”は「石」を意味する)と呼び,巨石構築物を創出した文化複合を「巨石文化(megalithic culture)」と称する。しかし最近における民俗学の発達により,いわゆる巨石的諸文化は,必ずしも有史以前の遺構に限定されるものではないことが明らかになった。東南アジアやメラネシアを中心として各地に現存している「原始民族」のもとでは,こうした巨石建造物が今なお(場所によってはごく最近まで)盛んに構築されているばかりでなく,それに随伴する独特の信仰・儀礼・社会制度なども,生きた慣習として命脈を保っているからである。その結果,従来考古学的方法では解明が困難だとみられていた個々の構築物の意義や機能,その背景にある世界観などについても,民俗学的所見から有力なヒントが得られることも多くなった。アッサムやビルマの山地民族の一部で,ときとして石製メンヒルに代わってY字形の木製記念物が建てられるという事実,あるいは多くの巨石的諸文化にはいわゆる「勲功祭宴」(後述)という儀礼が随伴している事実などの確証は,すべて最近の民俗学の知見に負うものである。【巨石構築物の型式と機能】各種の巨石構築物を一括して「巨石記念物」と総称するように,その大半は,特定の人物の事蹟や勲功を永遠に記念する意図で建てられたものである。しかし,すべての巨石遺構が,かつていわれたように「巨石墳墓」であるとは限らない。その機能・目的は,種類・型式と同様に多岐にわたっている。代表的な構築物としては,ドルメン(dolmen)・メンヒル(menhir)・列石(alignements)・環状列石(stone circle)などがあげられる。ドルメンは,二基もしくはそれ以上の支石で一枚の扁平な蓋板石を支える卓状の構築物。分布範囲は最も広く,新石器ないし初期青銅器時代のヨーロッパ・中近東・東および北西アフリカ・インド・アッサム・インドネシア・オセアニア,東アジア(中国・朝鮮半島・日本)の各地に及んでいる。墳墓そのものである場合とそうでない場合とがあり,機能上「墳墓ドルメン」と「記念物ドルメン」とに分けて考察すべきだと主張する学者もいる。メンヒルは,自然石もしくは多少加工された柱状の立石。単独で建てられる場合と,数基まとめて建てられる場合がある。ヨーロッパの先史遺構のほかに,コーカサス・インド・東南アジアの各地に広く分布している。とくにアッサムやビルマの山地民族のもとでは,現在でもさまざまな型式のメンヒル(なかには前述のように木製のものもある)が,盛大な祭儀を伴って建てられている。列石は多数のメンヒルを直列に並ベたものであり,環状列石は文字どおり環状に配置された列石で,いずれも「巨石広場」と呼ばれる祭祀場,または集会場の一部を構成している例が少なくない。フランスのカルナックの先史遺跡にみられる,大規模な列石(全長3km・立石総数2,000余基)は有名である。そのほか特殊なものとして,ヨーロッパと東アジアの一部にみられる羨道墳(corridortomb−日本の横穴式古墳はその典型),ラオスの石甕,イースター島の石人なども巨石記念物の範畴に入れられている。
【巨石的勲功祭宴】現存の巨石諸文化で最も広範にみられる儀礼に,勲功祭宴(feast of merit)がある。これはたいてい,順次規模が拡大するいくつかの段階の個別的祭宴から成り立っており,主催者の社会的威信は一段階昇るごとに高まっていく。多くの場合,この祭宴の最中に主催者の勲功を記念するため,ドルメンやメンヒルが建てられる。勲功の内容は敵の殺害・大型野獣の屠殺・家畜そのほかの富の大量放出など多様である。勲功祭宴は多くの場合,祖先崇拝・家畜や農産物の多産・豊饒儀礼などと密接に結びついて行われる。