●ギョカルプ
アジア トルコ共和国 AD1875 オスマン帝国
1875〜1924 トルコの社会学者・思想家・詩人。19世紀末から20世紀初頭のトルコは,アブデュル=ハミト2世(在位1876〜1909)と宰相ミトハト=パシャの二人が中心となって憲政を実施していた。しかし,露土戦争(1877〜1878)を契機に専制政治に戻り,検閲の強化と言論の自由を抑圧した。このような状況のもとでサロニカのタラート=ベイ,ラフミイ=ベイらが「統一と進歩のための委員会」(ヨーロッパでは青年トルコ党と呼んだ)を結成し,トルコの統一と憲法の復活を求めて蜂起した。その結果1908年,無血革命に成功した(憲法復活)が,バルカン戦争,第一次世界大戦を通して革命運動はさらに高まり,ムスタファ=ケマルの台頭とともに1922年11月,スルタン制の廃止とスルタンの追放を決定した。このような状況のもとで,ギョカルプは1908年の革命後,青年トルコ党員となり運動を指導した。第一次世界大戦後マルタ島に流されたが,1921年帰国,大学教授に戻るとともに,国民にトルコ民族主義の理念を説き,新憲法の起草に参加した。