●京都五山 きょうとござん
アジア 日本 AD
鎌倉五山に対する京都五山の意。五山の名は史料の上では鎌倉時代より散見するが,五山の寺名が具体的に列挙されるのは,建式年間(1334〜1336),後醒醐天皇が第一南禅.第二東福,第三建仁,第四建長,第五円覚という位次を定めてからである。足利氏が政権を握り天竜寺を開創すると,第一建長・南禅,第二円覚・天竜,第三寿福,第四建仁,第五東福という鎌倉主位,武家本位の位次に改めた。ついで足利義満が第一建長・南禅,第二円覚・天竜,第三寿福・建仁,第四浄智・東福,第五浄妙・万寿の位次に改めて,ここに鎌倉五山と京都五山が成立することになる。しかし1386年(至徳3,元中3)義満は自ら創建した相国寺を五山に列するため,新たに南禅寺を別格の五山之上(ごさんしじょう)に昇格せしめ,京都五山の位次を第一天竜,第二相国,第三建仁,第四東福,第五万寿と変更し,京都主位,鎌倉従位の五山制に改めた。これが京都五山の位次のほぼ最終的な決定となって幕末にいたった。