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●行基 ぎょうき

アジア 日本 AD668 

 668〜749(天智7〜天平21)奈良時代の僧侶。高志(古志)史才智と蜂田首古爾比売の子。生家は寺に改造され,真言宗別格本山家原寺(えばらじ)として大阪府堺市家原寺町に現存する。15歳で出家し24歳で受戒し,飛鳥の元興寺で瑜伽唯識学を修めた。修学とともに山林修行を行い呪験力の獲得につとめた。37歳のときより民間布教を始め,自己救済と亡魂の罪障消滅のため乞食行と布施行をすすめ,僧俗とくに農民層の帰依を得た。717年(養老1)に政府による弾圧を受けたが,三世一身法を利用して灌漑用水の整備につとめ,地方の豪族官憲の支持を得るようになったため,しだいに弾圧はゆるめられた。彼の組織(知識)力・行動力は為政者の注目をひくことになり,743年(天平15)大仏建立の勧進に起用され,ついで745年(天平17)大僧正に抜擢された。畿内に四十九院と称する民衆的寺院・布施屋・橋道路・船泊・池溝を設けるなどの民衆福利事業に尽力したことから〈菩薩〉と称された。没後伝説化が著しく,行基を開山とする寺院が全国に分布する。

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