●郷挙里選 きょうきょりせん
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漢代,郡国から官吏を推挙する責任者はその守相(長官)であった。長官は,その郡国内の郷里が推挙する人物を選んでこれを中央に推挙したので,これを郷挙里選という。徳行や賢・能の士を郷里から中央に推挙するという思想は『周礼』や『国語』にもみえるが,漢代にこの趣旨によって制定された選挙の種類に,賢良・方正・直言や秀才(後漢では茂才)孝廉があった。前漢では才能や能力が重んじられたが,後漢では徳行とくに孝の実践が社会全体の風潮の上からも尊ばれた。それゆえ,後漢では前記選挙目中で孝廉科が最も栄え,毎年選挙されるべき孝廉の士は200人にも及んだ。孝の実践を確かめるにはその人の郷里における評判(郷論)に従うほかはなく,それが選挙のあるべき姿とされた。そして,それが実現されたことも,列伝によってある程度は確かめることもできるが,郷論が豪族によって歪められるにしたがって,この選挙はその実を失っていった。