●教科課程 きょうかかてい
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【概念】教科課程ということばは「カリキュラム(curriculum)」と同義だと解せられている。「カリキュラム」は語源的にはラテン語で「競走のコース」ということばであり,英語のcourse of studyとも同義である。戦後,わが国でも,アメリカにならって,「コース=オブ=スタディ」ということばがよく用いられていた。これとともに,わが国では「教科課程」ということばもある。この言葉は公的には1950年(昭和25)の学校教育法施行規則で初めて用いられたが,これは「教育課程」と「教科外活動」に分けられる。「カリキュラム」は「教育課程」をさすこともあるが,今日のふつうの用法では,狭く「教科課程」をさしていることが多い。そしてそれは,教育目標に応じて,子どもの発達に適した教育内容を,文化財のなかから選択し,整理し,学習の順序に配列したものであるということができる。ちなみに「教科外活動」とは,特別教育活動(いわゆる「特活」)や学校行事である。わが国では教科課程は「学習指導要領」として設定され,そこには各教科とその内容・学年配当・指導時間が明確に示されている。しかし,諸外国での「カリキュラム」の概念は,わが国の学習指導要領よりもずっと広い。たとえば,curriculum studiesということばは,わが国の「教科教育学」をさすほどである。【教科課程の類型】今日のわが国のように,文部省の定める学習指導要領のもとに,全国画一的な教育が行われているところでは,カリキュラム研究はほとんどなされていないかにみえる。しかし,カリキュラムは一つの教育思想の具体化でもあるから,新しい教育思想が台頭すれば,新しいカリキュラムが開発されることは当然である。したがって歴史的にみれば,種々の性格をもったカリキュラムが存在していたし,今後もまた新しいカリキュラムがつくられる可能性があることは当然である。カリキュラム設計で配慮すべき要因には多くのものが考えられるが,おもなものとしては,学問・芸術(文化財),子ども,社会の三つが挙げられよう。そしてこのいずれに重点を置くかによって,種々のカリキュラムの類型が生まれる。たとえば,学問体系を重視するものとしては,アメリカの本質主義(essentialism)のカリキュラムがあった。それは,子ども中心・生活中心・さらには社会中心につくられた,アメリカの経験主義的教育思想の流れをくむ進歩主義(progressivism)のカリキュラムと対立したものであった。また,教科間の関連づけの程度によって,分科カリキュラムと統合カリキュラムに大別することができる。分科カリキュラムは,今日のわが国の学習指導要領がそうである。そこでは,いくつかの教科がほとんど独立に設けられているようなカリキュラムである。これに対して,後者にはさまざまなものがある。たとえば,2,3の教科を関連づけて行う関連カリキュラム,一つの教科を核(コア)にしてほかの教科をその周辺に位置づけるコア=カリキュラム,さらにまた,教科の区分を設けない合科カリキュラムなどがある。今日のわが国では,小学校の低学年で,再び合科カリキュラムが見直されつつある。
【教科の区分】今日の教科は,すでにかなり古い学問区分に従って設けられたものである。学問区分は時代とともに変わり,古い分野が消えたり新しい分野が生まれたりする。したがって,今日の教科区分も絶体的に固定されるべきものではない。したがって,どういう観点から,どんな教科を設定するかは,カリキュラム設計では重要な問題になる。もちろん,学問区分を無視することはできないが,子どもの必要性や社会の要求も考えなければならない。たとえば,今日では物理・化学・生物・地学という理科の区分では,公害という重要な社会的問題には対処できないであろう。このように新しい教科の区分・設定,さらにそれにもとづく教科課程の編成を考えることは,それ自体一つの学問であり,教科教育学の重要な研究領域である。