●キュロス2世 キュロスにせい
アジア アジア BC600
前600?〜前529 アケメネス朝ペルシアの王(在位前559〜529),ペルシア名はクルシュ。父はスーサを中心とするアンシャン(アンザン)王カンビュセス1世。母はメディアの王女マンダネー。アンシャン王はメディア王に服属していたがキュロスは前550年,母方の祖父であるメディア王アスティアゲスに反乱,祖父を捕え,メディアを征服,ペルシア王の称号を得て独立した。さらに前546年,リディア王国の首都サルデスを占領,王クロイソスを捕えリディア王国を征服,さらに東方に転じシル=ダリアに進出した。前539年,キュロスは新バビロニアを征服,王ナボニドスを捕え,バビロンに捕囚されていたユダヤ人を解放した。ナボニドスが暴政を行っていたこともあり,キュロスはバビロニアの住民からも解放者として迎えられた。ヘロドトスによればキュロスは前530年,北東方の遊牧民マッサゲタタイ族の女王トミュリスの軍との戦闘で戦死をしたという。