●ギュルハネ勅令 ギュルハネちょくれい
AD1839
1839年,オスマン帝国のスルタン,アブデュルメジドが発布した勅令。外務大臣ムスタファ=レシト=パシャが起草。オスマン帝国は,18世紀末以後,被支配諸民族の独立運動の進展,ヨーロッパ諸国の軍事的・政治的侵略などにより,解体の危機に直面したため,1829〜76年にタンジマートという一連の西欧化運動を実施。このため発布されたのがギュルハネ勅令で,スレイマン1世時代の繁栄をとり戻すための自由主義的改革を宣言。勅令は,国民(ムスリム・非ムスリム)の法の前の平等,国民の生命・財産・名誉の保証,裁判の公開,徴税請負制の廃止,徴兵制の改善をうたっていた。諸改革が行われ,オスマン帝国の行政・法律・教育などの諸制度は西欧化され,帝国は,法治主義的近代国家へと発展した。しかし,地方では民衆の不満が激化し民族運動がおこり,ヨーロッパ諸国の政治的干渉をも誘発した。