●キュリー
ヨーロッパ ポーランド共和国 AD1867 ロシアによる支配
1867〜1934 ポーランド人女性化学者。1891年にソルボンヌ大学に留学して以来,生涯フランスで研究に従事した。夫ピエールとともに放射線の研究を行い,フランスのベクレルが発見したウランの放射線が,α線・β線・γ線の3種類からなることをつきとめた。1898年,夫妻はウラン鉱石中に,それよりはるかに強力な放射能をもつ二つの元素(ポロニウム・ラジウム)を発見。初めそれらの元素は,それが発する放射線とスペクトル分析によってしか識別できなかったが,1902年,ついにラジウムの分離抽出に成功,翌年,夫妻は,ベクレルとともにノーベル物理学賞を共同受賞した。ピエールは1906年に交通事故で死亡したが,夫妻による二つの新元素発見に対しては,1911年,こんどはノーベル化学賞が与えられた。1914年にはパリ大学ラジウム研究所が設立され,キュリーは1934年に慢性白血病で倒れるまで,その所長として研究・指導にあたった。