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●ギュツラフ

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1803 ハプスブルク朝

 1803〜51 中国では敦実猟。ドイツのアジア=プロテスタント宣教師。初めオランダ海外伝道会よりジャワ島に派遣され,1827年バタヴィアに着。1829年ロンドン会に移り,タイを中心とする東南アジアの伝道に尽力。1831年(道光11)より中国伝道を開始し,中国文布教書や医薬を携行し,中国沿岸の各地を歴訪して伝道を推進した。1835年,ロバート=モリソンの後を継いで,イギリス政府の外交事務の通訳官に就任し,マカオと広州を中心に活躍。この年3人の日本人漂流民を寄託されたのを機会に日本語を学習し,彼らの協力を得て最初の和訳聖書である『約翰福音之伝』を完成。1837年(天保8),アメリカ船モリソン号に乗船し,漂流民の送還を名目とし,キリスト教の布教および貿易交渉の目的をもって日本にむかったが,日本側に撃破され,むなしくマカオに戻った。アヘン戦争後は,彼の中国に対する該博な識見がイギリス政府の注目するところとなり,外交上の顧問などとして重用されたため,この方面の活動もきわめて多忙となったが,多数の宣教師を養成し,中国プロテスタント伝道の発展に多くの努力を傾注した。