●九寺 きゅうじ
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秦漢以後より六朝ごろまで三公(丞相・御史大夫・太尉)のもとにあって中央政府を構成した九つの官庁。その長官を九卿というが,その数え方には古来議論があり,一般に奉常→太常(祭祀)・郎中令→光禄勳(官中の警護・宿直)・太僕(皇帝の車馬)・廷尉(司法)・衛尉(宮城防衛)・典客→大鴻臚(朝貢)・宗正(皇族の管理)・治粟内史→大司農(国家財政)・少府(帝室財政)が挙げられる。概して皇帝の家政機関としての性格が強く,官僚機構としては未発達な点を多く残している。名称には多少の変遷があり,とくに廷尉は大理に,少府は太府寺に改められた。後漢以降皇帝の秘書である尚書が台頭するにつれ,その下部にある六部に権限を奪われ重要性を失った。なお九寺というようになったのは北斉からである。隋唐以後も九寺は残ったが,一部を除いて次第に形骸化し,明代には五寺に減少した。〔参考文献〕和田清編『中国官制発達史』1942,(1983汲古書院復刻)