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●九カ国条約 きゅうかこくじょうやく

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 正式には「中国に関する九カ国条約」といい,ワシントン会議の最終段階である1922年2月に締結された。調印国はアメリカ・イギリス・フランス・イタリア・日本・中国・ベルギー・オランダ・ポルトガルの9カ国である。

【条約の背景】第一次世界大戦中,日本は21カ条要求などによって中国進出を進展させた。戦後,アメリカはそのような日本の行動を抑制し,極東・太平洋地域における国際秩序を確立するために,国際会議を開催する構想を抱いた。そこで,大統領ハーディングは関係諸国に呼びかけ,1921年11月から翌年2月までのワシントン会議として実現させた。この会議においては,太平洋に関する四カ国条約海軍軍縮条約も結ばれたが,とくにこの九カ国条約は,ワシントン体制の中核をなすものとされている。

【条約の締結】ワシントン会議中に設置された太平洋・極東問題委員会の第1回会合で,中国は自国の領土保全・独立尊重などを内容とする10原則を提議した。しかし,アメリカ・イギリスはより限定された範囲の協定を意図し,アメリカ全権のルートが決議案をつくった。このルート案を基礎に条約は作成された。日本はその不利な内容から強く抵抗したが,アメリカ・イギリスの圧力によりやむを得ず承認し,1922年2月6日,参加9ヵ国により調印された。なお,本条約には,同年ノルウェー,スウェーデン,デンマーク,ボリビアが加わり,1927年にはメキシコが加わった。

【条約の内容】条約第1条は,ルート案をそのまま生かしたもので,それは次の4原則からなる。[1]中国の主権,独立,領土的・行政的保全を尊重すること[2]中国が自ら有力かつ堅固な政府を確立するため,完全にして障害のなき機会を供与すること[3]中国の領土をとおして,いっさいの国民の商工業に対する機会均等主義を有効に樹立維持するため,各国が尽力すること[4]友好国の国民の権利を減殺すべき特別の権利または特権を求めるため中国における情勢を利用すること,および,友好国の安寧に害ある行動を是認することをさしひかえること,以上である。なお,第2条以下はこの原則の趣旨を具体化したものである。

【条約の意義】アメリカは,19世紀末のジョン=ヘイによる宣言以来,中国の門戸開放・機会均等を求めてきたが,九カ国条約はこのアメリカ外交を達成したものであり,同時にアメリカの中国進出を容易にしたものであった。これにより,大戦中の日本・アメリカ間の妥協の産物であった石井=ランシング協定は破棄され,日本は山東半島における権益の放棄をはじめとして,中国での既得権益を大幅に譲歩・後退させられ,21カ条要求以前の状態に戻された。まさに,九カ国条約はアメリカ外交の勝利であり,アメリカの国際的指導力の向上を意味した。同時に,この条約を核とするワシントン体制は,ヨーロッパのロカルノ体制とともに,第一次世界大戦後の国際秩序の基盤となった。

【条約の問題点】九カ国条約は,中国に関するものでありながら,中国自体の意見が十分に反映しておらず,それはむしろ列強による植民地主義体制の再編成を意味するものであった。そのため,結果に失望した中国人は,以後激しい民族革命運動を展開していくことになった。一方,帝政ロシア以来,中国と重大なかかわりをもつソ連が,この条約に参加していないことも大きな問題であった。そして,やがて日本の大陸進出が再燃し,満州事変をへて日中戦争が勃発することによって,この条約は意味を失う。