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●仇英 きゅうえい

アジア 中華人民共和国 AD1494 明

 1494ごろ〜1561 中国,明代の画家。字は実父,号は十洲。江蘇太倉州の人,のち蘇州呉県に移り住んだ。周臣に師事して画法を学び,周臣唐寅とともに院派の三大家に数えられている。院派とは当時の蘇州の職業画家集団で,南宋画院の絵画を学んだ派である。仇英は他の院派の画家と同様下層階級出身で漆工から身をおこした。山林・人物・仕女図を得意とし,なかでも人物・仕女図は当代随一の技巧を誇った。主として宋・元の古画の臨摸を通じて画技を習得した。董其昌が彼の「仙奕図」に題して,〈仇実父は是れ趙伯駒の後身にして,たとえ文(徴明)・沈(周)も亦,未だ其の法を尽さず〉と評したのもその卓絶した技法による。北宋の李公麟や元のチョウモウフ※注1※などの線描形式を宗としたが,その画風には職人的精巧さとともに一種の風格をそなえ後世に大きな影響を与えた。

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