●木村栄 きむらひさし
アジア 日本 AD1870 明治時代
1870〜1943(明治3〜昭和18)天文学者。石川県の生まれ。生家は篠木姓。生後すぐ木村家の嗣子となる。第四高等中学校をへて,1892年東京帝国大学理科大学星学科を卒業。6年間大学院で学び,1898年にシュトウットガルトで開催された万国測地学協会総会に出席。1899年,岩手県水沢に設置された臨時緯度観測所所長となる。1902年にそれまでの観測値を検討して緯度変化の式に新しい1項を加えなければならないことを発見した。これは木村のZ項と呼ばれて海外からも賞賛され,日本の研究者を元気づける役割を果たした。1911年この研究により第1回帝国学士院恩賜賞を受賞。1911年から25年間,万国天文学同盟緯度変化委員会委員長をつとめ,また1922年水沢に万国共同緯度観測事業中央局が設置されると,その局長となり14年間つとめ国際的に活躍した。1925年帝国学士院会員。1937年第1回文化勲章を受章。月の裏側のクレーター(南緯57度,東経118度)が“木村”と命名された。