●肝煎 きもいり
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「肝入」とも書く。諸事の責任者として支配・世話をすること。転じて支配役・世話役・斡旋役またはその職名。おもに江戸時代に次のような場合に使われている。[1]町方・村方の名主(なぬし)・庄屋の別称。東北・加賀・九州などの地方では名主のことを肝煎といっていた所が多い。また江戸町方でも古くは名主のことを肝煎と称していた。しかし幕領では,通常は町方・村方ともに,しだいに名主・庄屋に改められた。[2]株仲間など商人・職人の同業組合の世話人のこと。年番や選出により組合が決めた者が,町奉行の許可の下に勤めた。「行事」「頭取」などとも称した。[3]江戸幕府の官職名。たとえば,旗本の寄合を支配する寄合肝煎,儀式典礼を司る高家衆を支配する高家肝煎を初め,普請方同心肝煎,小納戸肝煎・養生所煎煎・餌差肝煎・親王家肝煎・神奈川奉行肝煎などが置かれていた。[4]宮座の役員で,村の祭礼行事の世話役をする者を肝煎と呼ぶ場合もある。