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●義務教育制度 ぎむきょういくせいど

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 国民が保護する子女に義務として受けさせなければならない教育(義務教育)を国家が法律によって制度化したもの。義務教育は広くは,いずれかの機関で教育を受けさせる義務(教育義務)であるが,今日では学校で教育を受けさせる義務(就学義務)と解されている。

【義務教育制度の要素】義務教育を制度として遂行するためには次の3つの要素が必要である。[1]就学義務,[2]学校設置義務,[3]教育保障義務就学義務は法律によって就学の学齢年限あるいは課程が定められ,保護者である国民がその子どもにその年限を就学させるか,あるいはその課程を修了させる義務である。この義務を履行するために,国や地方公共団体は就学に必要な学校を設置する義務を課せられる。また保護者による就学義務履行のために,第三者にはこの就学義務履行を妨害してはならない義務を課す。これら三つの要素のほかに,学校の運営管理・教育内容・教員養成などの法的規定が整備されて,一つの制度として義務教育制度となり,国の教育体系の基本とされる。

【義務教育の歴史】義務教育が法的規定に現れる先駆はプロイセンの一般ラント法(1794)といわれている。しかし,これは実質的ではなかった。実質的になるのは19世紀後半である。アメリカのマサチューセッツ州法(1852)・イギリスの初等教育法(1870)・フランスの義務教育法(1882)など。これらの法的規定は,産業革命後,それぞれの国が資本主義経済を維持し,高い生産力に発展させるために全国民に一定の知的水準を求め,また労働者が教育機会を要求する運動をおこしてから生まれている。そこでの義務教育は,自然権としての教育の権利ではなく,親の義務としての教育であり,国家に対する義務の一つであった。第二次世界大戦後,民主政治の発展により,子どもの基本的人権も認められ,その一つとして教育を受ける権利が多くの国で法制化されるようになった。

【わが国の義務教育】わが国の義務教育は1872年(明治5)の学制にまでさかのぼることができるが,就学義務の確定は1886年(明治19)の小学校令である。小学校令では児童の就学は父母・後見人等の義務であるとし,その年限を尋常小学校4カ年とした。その後1900年(明治33),小学校令改正により尋常小学校教育課程を履修する課程主義に変わるとともに,授業料は不徴収となった。1907年(明治40)には,尋常小学校6カ年の課程に拡大され,これは1941年(昭和16)まで続いた。同年,国民学校令により国民学校初等科6カ年および高等科2カ年の計8カ年に義務教育年限が延長されたが,第二次世界大戦のために実施されなかった。敗戦後,日本国憲法・教育基本法が制定され,憲法第26条により,すべての国民はひとしく教育を受ける権利をもち,義務教育は無償であると宣言された。これらの法規を受けて,学校教育法(1947)では小学校6カ年,中学校3カ年の計9カ年が義務教育年限となり,今日にいたっている。当初,“義務教育の無償”は“授業料の不徴収”とされていたが,そののち“教科書の無償供与”に拡大された。

【問題点】いずれの国の義務教育制度も完全な制度とはいえない。わが国の場合,就学率が90%以上であるとしても,その残りの子どもの就学保障がなされていない。彼らのための教育機会の保障および経済的負担の軽減などの施策が必要である。その一つとして義務教育の無償が授業料と教科書に限定されているのが問題となろう。また,今日の科学・技術や文化の発展に伴い,義務教育年限が問題になり,幼年教育あるいは後期中等教育への拡張が論議されている。拡張するとすれば,学校の新たな設置・設備の拡充・教員の養成や需給・国や地方公共団体の財政負担の拡大などの多様な問題を引き起こすので,綿密な計画が必要である。さらには義務教育は一面では,国家による教育保障であるために国家による教育内容統制の問題と結びつき,自由な教育を損なう恐れがある,などの問題点をもっている。

〔参考文献〕高木太郎『義務教育制度の研究』1970,風間書房

『義務教育史』世界教育大系28,1977,講談社