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●基本的人権 きほんてきじんけん

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 人間として本来もっているとされている権利のことであって,人間は生まれながらにして自由・平等であり,この権利はどのような政治的権力によっても侵されないとする自然権の考え方を背景としている。

【自然法と自然権の考え方:ロックの場合】ジョン=ロック(1632〜1704)は王権神授説を否定し,1688年のイギリス名誉革命を擁護することをねらいとして『政府二論』という書物を著した(1690)。ここで彼は,政治的社会としての国家以前に自然状態というものを考え,この状態においては,自然法が支配していると論じた。そしてこの自然法のもとに各人は完全に自由かつ平等であって,それぞれが生命・自由および財産についての権利(これを自然権という)をもっているとした。この自然権を十分に守るために,相互に同意する契約によって,政治的社会を形成することになる。そこで,政治権力は人々が自己の自然権を守るために,社会に信託した権力であり,もしもこの権力を行使する者が,この信託に反し,自然権を侵害するようであれば,人々はこれに抵抗する権利があり,信託した権力を取り戻す権利があるというのである。このロックの考え方にみられるように,自然権の思想は基本的人権が国家や憲法以前に存在することを強調するが,現実的には権利として憲法の条項に規定されることが必要なことはいうまでもない。

【基本的人権の発達】17,18世紀における市民革命において主張された人権の内容は,全般的にみると自由権がその中心であったということができる。専制政治によって自由が抑圧されてきていたことに対する必然的な動向といえよう。この自由権は財産の自由(私有財産の不可侵),経済活動の自由として,資本主義経済の発展の原動力となったことはいうまでもない。1689年のイギリスの権利章典・1776年のアメリカの独立宣言・1789年のフランス革命における「人間及び市民の権利の宣言」などはその典型的なものである。フランスの人権宣言は,〈第1条 人は出生より死に至るまで法律上自由かつ平等である。社会的差別は公共的利益に基づくものを除き設けることができない。第2条 あらゆる政治的結合の目的は,消滅することのない自然権の保持にある。この権利とは,自由,所有,安全および圧制への抵抗である。第3条 主権の淵源は本質上国民にある。いかなる団体もいかなる個人も,明白に国民の中から出たものでない権力を行使することはできない〉というように規定している。ところで,この自由を中心とした人権の保障も,自由放任的な経済の発達に伴う無制限な自由競争の結果として,著しい貧富の差を生むことになり,労働者をはじめとして多くの人々の生活を苦しめることとなっていく。自由の尊重は,実際には多くの人々の失業の自由や空腹の自由をもたらした。つまり,18世紀的な自由権的基本権の問題点が,歴史的にしだいに明らかになってきたのである。とくに資本主義経済が,利潤追求を至上とする資本の論理によって発展するにつれて,この矛盾は顕著になっていった。したがって,20世紀を迎えると,人権の内容として,自由権とともに個人の生存権を保障する必要性が認識されるようになった。その典型的な例が第一次世界大戦後のドイツのワイマール憲法(1919)である。この憲法は,〈第151条 経済生活の秩序は,各人に対して人たるに値する生活を保障するという目的をもつ正義の原則に適合しなければならない。この限界内で各人の経済的自由が確保せられる。第157条 労働力は国の特別の保護をうける。国は,統一的な労働法を定める。第163条 すべてのドイツ人民には,経済的労働によってその生活資料を獲得する可能性が与えられなければならない。適当な労働の機会が与えられない者に対しては,必要な生活資料を支給する〉というような内容を明示している。これらは18世紀的人権においてはみられなかったものであり,このような人権を20世紀的な生存権的基本権という。したがって,人権の発達を概括するならば,18世紀的な自由権的基本権を中心として発達するようになった基本的人権は,20世紀になってその自由権的基本権を修正するような意味をもつ生存権的基本権が成立するようになったということができる。

日本国憲法と基本的人権】1947年(昭和22)5月3日に施行された日本国憲法は,基本的人権の発達の歴史を背景として,18世紀的な自由権的基本権と,20世紀的な生存権的基本権とをその内容として保障している。大日本帝国憲法における臣民の権利と比較すると,その性格の根本的な差異が明らかになる。日本国憲法は,〈第11条 国民は,すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与えられる。第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によって,これを保持しなければならない。又,国民は,これを濫用してはならないのであって,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。第13条 すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は,人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって,これらの権利は,過去幾多の試錬に堪ヘ,現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである〉というように規定している。ここにみられる考え方と根本的な姿勢は,基本的人権の歴史的な発達に位置づけられるものであって,その人類の世界史における意義はきわめて大きいといわなくてはならない。この日本国憲法における基本的人権に関する諸規定とその内容は,世界的レベルのものとみなされている。ところで憲法が定めている基本的人権を内容的にみると,[1]平等権,[2]自由権,[3]参政権,[4]社会権,[5]国務請求権に分けることができる。このうち,国務請求権というのは,国民がその基本権を守るために請求できる権利であって,請願権・損害賠償請求権・裁判請求権・刑事補償請求権などのことである。

【国際社会と基本的人権】1948年12月10日,第3回国際連合総会において,「世界人権宣言」が採択された。この世界人権宣言は,〈すべての国の人民およびすべての国家が達成すべき〉人権についての「共通の基準」である。この宣言は〈この世界に自由と正義と平和を確立するためには,人類社会のすべての構成員が生まれながらにして尊厳なものであり,かつだれしもが等しく,他人にゆずりわたすことのできない権利をもっているということを承認しなければならない〉という考え方にもとづいて基本的人権を30条にわたって確認している。内容は,18世紀的な人権と20世紀的な人権を含み,まさに人権に関する人類の共通の基準としての性格をもっている。第1条は〈すべて人間は,生まれながらにして自由であり,かつ,尊厳と権利とについて平等である。人間は,理性と良心とを授けられており,互いに同胞の精神をもって行動しなければならない〉というものである。また,第22条においては,〈すべて人は,社会の一員として,社会保障を受ける権利を有し〉と規定されているのである。なお,1972年,スウェーデンのストックホルムで開催された国際連合人間環境会議が採択した「人間環境宣言」では,環境に関する権利と義務として,〈人は尊厳と福祉を保つに足る環境で,自由,平等および十分な生活水準を享受する基本的権利を有するとともに,現在および将来の世代のため環境を保護し改善する厳粛な責任を負う〉と述べ,いわゆる新しい環境権を提起しているのである。ここにみられるように現代社会においては,新しい人権が注目されるようになってきているのであって,これは重要な課題である。

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