●基本的事項 きほんてきじこう
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1976年(昭和51)12月18日に,教育課程審議会は文部大臣に対して,教育課程の基準の改善について“答申”を行った。「今回の教育課程の基準の改善は,自ら考え正しく判断できる力をもつ児童生徒の育成ということを重視しながら,次のようなねらいの達成を目指して行う必要がある」と述べ,3つの事項を示した。その第3項には,〈国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視するとともに児童生徒の個性や能力に応じた教育が行われるようにすること〉と示された。この第3項が示されたことが契機となって,ふたたび,“基礎的事項”“基本的事項”とは何かということが,教育界でさかんに議論されるようになった。【用語の登場】基本的事項という用語は,1958年度版の中学校学習指導要領社会の歴史的分野の「3. 指導上の留意事項」の(1)で使用されたのが,公的には初出である。これより1ヵ月前に,平田嘉三は「文部時報」(第97号, 1958. 9)で基本的事項のことを解説しているが,この用語と概念は,当時ようやく西ドイツの教育学会で内容の精選がやかましく論じられているときに登場した“範例学習”(das exemplarische verfahren)に示唆を受けたものであった。平田嘉三は当時,基本的事項を「[1]目標,[2]取扱いの観点,[3]留意事項,[4]発達段階によって定められ,ついで基本的事項をささえる[5]基礎的事項によって構成されており,最終的には歴史的な見方・考え方や歴史的思考力を育てることを目指すもの」と定義している。学習指導要領においては,前掲の「3. 指導上の留意事項の(1)」で,〈また,生徒の発達段階を考慮し,人名・地名・年代などを精選して基本的事項の理解にとどめ,宗教・思想・学問などの文化の高度な内容や,複雑な社会構造などの学習に深入りしないように留意する〉と示してある。以上のことと関連して,『中学校社会指導書』(文部省, 1959. 9)は,次のように解説している(P.142〜143)。〈目標を明らかにし,内容を精選し,基本的事項をじゅうぶん理解させることは,いずれの教科の場合においても,常に堅持されるべき基本的な原則である〉〈基本的事項の理解のために欠くことができないものであるかどうかによって,個人の人名・地名・年代・事項などの取捨が検討されるべきであって,あまり重要でないものをいたずらに列挙して暗記させることは厳に慎まなければならない〉と述べた。
【基本的事項の事例】基本的事項設定の具体的な事例として,のちに平田嘉三は朝倉隆太郎・平田嘉三・梶哲夫編『社会科教材の精選と系統化』(1975,明治図書)のなかで,中学校社会科歴史的分野の「天下統一の歩み」を取り上げている(同書,p.87〜88)。
(中心観念)
日本人がはじめてヨーロッパ文明に触れたころ,戦国の世が織田・豊臣の両氏によって統一されていった。(中心観念形成のための主要な視点)
織田信長・豊臣秀吉によって,集権的な武家政治が確立していった。
(主要な視点をとりまく周辺視点)
鉄砲やキリスト教の伝来が,日本の政治・社会・文化などに及ぼした影響 ○躍動的なこの時代のもつ歴史的意義 ○武将や町衆によって,前代の文化を継承しつつ新しく創造された桃山文化の特色
(重点教材とそれをささえる基礎教材)
織田・豊臣の統一事業
仏教勢力の打破,関所の廃止,楽市・楽座の設置,検地の実施,刀狩による兵農分離
(周辺教材とそれをささえる基礎教材)
ヨーロッパ人の来航……ヨーロッパ・アジアの様子,鉄砲伝来の事情,鉄砲のもたらした国内政治への影響,キリスト教伝来の事情,ザビエルの布教,日本の社会に及ぼした影響
安土・桃山文化……南蛮文化と武将,町衆の経済と生活,安土・桃山文化の特色
(留意内容の枠組)
先人の業績(信長・秀吉・ザビエル)
文化遺産(天守閣・二条城・茶の湯・三味線・歌舞伎)
国際関係,文化の交流
を考慮しておく。とくに留意内容の取扱いに当たっては,物語資料・地図・年表・写真・絵・スライドなどを利用して,イメージ化することが重要である。
また,平田嘉三は,それよりさきに『中等教育資料』(文部省中学校・高等学校教育課編,1965年11月)に,「基本的事項精選上の問題点」を書いている。そのなかで歴史上の内容面だけに限定して,基本的事項として具備すべき要件を,次の五つにしぼって明示している。[1]時代の特色をよく表しているもの,[2]その事項をはぶいては,次の事項の正しい理解が困難になるような重要性をもつもの,[3]時代の移り変わりをよく示しているもの,[4]歴史の流れのうえで,意義の大きいもの,[5]国民として,当然知っておかなければならないもの。
さらに,烏塚恵和男らは,『中学校社会科歴史基本的事項の指導』(明治図書,1967,p.57)のなかで,目標・ねらい・基本的事項・基礎的事項・歴史素材などの関係を,図表のように示して,教育界の注目するところとなった。
【基本的事項と学力】広岡亮蔵は,「基礎学力」(平塚・沢田・吉田編『教育事典』,小学館,1966,p.69)を解説して三つの類型を挙げているが,その第3の基礎学力論として,〈諸教材の全般にわたって,各教科の底にある基本的な知識や能力をさして基礎学力という〉と指摘し,ついで,〈底にある基本的な知識や能力とは,重要な事実知識・概念・術語・技能力などである〉と述べている。この広岡亮蔵のいう第3の基礎学力は,平田嘉三のいう学力論,つまり〈児童・生徒の発達段階を考慮しつつ,教育的に系統化された科学体系の視点・概念・知識を獲得する過程で,人間としての見方・考え方(思考力)の獲得や諸能力の発達を目指すもの〉という学力論と近い。
1958年に初めて,公的に登場してきた「基本的事項」の用語は,上述の学力論を基礎においていたもので,この用語の登場は,系統学習への幕開けを象徴するできごとであった。
〔参考文献〕文部省『中学校社会指導書』1959,実教出版
文部省中学校・高等学校教育課編『中等教育資料』1965,大日本図書
平塚ほか編『教育事典』1966,小学館
平田嘉三・香川県中学校社会科研究会編『社会科における学習構造』1966,葵書房
鳥塚恵和男編著『中学校社会科歴史基本的事項の指導』1967,明治図書
教育調査研究所編『教育内容の精選−理論と実践−』1974
朝倉・平田・梶編『社会科教材の精選と系統化』1975,明治図書