●亀卜 きぼく
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亀甲を火で焼いて,そこに生じる亀裂によって神意を伺い,神の意志を知る卜占の手法。古代中国の竜山期に鹿・羊を使う骨卜が現れ,殷代に牛・亀を使った甲卜が盛んに行われた。とくに,亀卜による占いが,国家事業遂行上の大切な指針とされて,漢代にまで及んだ。日本へは,朝鮮半島をへてこの手法が伝播し,古墳時代中期に対馬・壱岐へ,5世紀末から6世紀にかけて中央へ伝えられたと考えられる。中臣氏は,とくに鹿卜との関連が深かった。大和朝廷は,亀卜にたずさわる人々を組織して,対馬・壱岐・伊豆の卜占者を三国卜部として,政治体制に組み込んだ。三国卜部は,11世紀ころには解体したが,亀卜の伝統は細々ながらも根強く残ることになる。対馬では,特定の家々がこれを執り行い,『亀卜次第』(1696,元禄9)を初めとする文書も残り,近年まで各地で執行されてきた。現在でも形式的ながら,豆酘(つつ)で正月3日に行われるサンゾウロー祭では,岩佐家の当代が亀卜を行う。
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