●擬娩 ぎべん
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妻の出産にさいして,夫が床についたり,食物・労働・日常的行為に制限を課せられたり,妻と同様の痛みを経験したり,あるいは自分自身が子供を産むかのようにふるまう習俗。クーバードという用語はcouver(卵を孵す)に由来しており,フランスのベアルヌ地方で,この習慣の事例が最初に報告されたことによるが,以後世界各地で同様の習慣が報告されており,ほぼ,世界全域でみられる習俗と,現在では考えられている。また,1世紀ころのコルシカ島で,この習慣があったと伝えられている。擬娩という用語でまとめられる習俗の実態は,実際にはきわめて多岐にわたる。たとえばピレネー山脈に住むバスク人の場合には,妻は出産後すぐに日常の仕事に戻るが,夫は床についたままで何もせず妻の世話になる。ホンジュラスのカリブ人のあいだにも,妻の出産後,夫はハンモックで数日過ごし,そのあいだなにもしないという習慣がある。特別な場合,たとえば出産が困難なときにだけ行う事例もある。ポーランドの農民は,妻の出産が困難で長びくと,産婆が夫に対し,妻と一緒にベッドに入るように命ずるという慣行を伝えている。夫だけでなく,夫婦がともに,種々の制約を課せられる例も多い。ムブティ・ピグミーにみられるクエリ・エコニ・エクサといった特定の動植物に対する食物規制は,夫婦双方が守らねばならないとされている。また,アメリカ=インディアンのユート族では,妻は熱い灰を寝床として30日間横たわっていなければならないが,夫は4日間妻と一緒に横たわり,その後数日間できる限り走りまわり,狩を積極的にやらねばならないとされ,このように夫と妻に課せられる規制が異なる例もある。一般には,女性のほうが長期間にわたる厳格な規制を課せられることが多い。なおこのほか,妻の妊娠中に,夫が歯痛・はき気・目まいといった症状をひきおこすことが,イギリスの農民,テキサスのメキシコ系アメリカ人,ボストンなどから報告されており,さらに,ホピ=インディアンの例として,夫が一時的にきわめて無気力になったり,子供も病気になるといった報告もある。擬娩の解釈としては,出産の無事を願ったり,出産の手助けを目的とする儀礼的行為であるとか,妻や子供に憑きやすい悪霊から守るために,あるいは,父親という新しい地位・役割を獲得するための通過儀礼,父親という認識を自覚させるための行為,といった説明がなされている。なお,擬娩という用語の適用範囲が広すぎるために,この種の現象に関する理解を損なうという議論もある。