●キプロス島 キプロスとう
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地中海東端の島。最近の発掘は前4000年〜前3000年のあいだの新石器文化が存在していたことを示している。青銅器時代の遺物も多い。前15世紀ごろにはロドス島を経由してミュケナイ文明と接触していた。前14世紀には,この島の銅山が開発されたようである。キプロス島のギリシア人は東方方言群に属していたが,古典期までは青銅器時代のキプロス文字が残されていた。ホメロスはキプロス島を知っていたが,重要な意味をもたなかった。前6世紀には,事実上エジプトに併合され,前569年から前525年のあいだはエジプトの代理人的存在であったサラミス人エウエルトンによって支配されていた。しかし,この時期にはキプロス諸都市(サラミス・アマトス・キティオン・パフォス)は半独立的な王によって統治されていた。前525年にはペルシア王カンビュセスの支配下に入り,前498年には,イオニア反乱に荷担しようとしたが失敗した。ペルシア戦争後は,アテナイ人キモンによってペルシアから解放されたが,前411年にサラミス王エウアゴラスが親ギリシア運動をおこすまでは,フェニキアからの自由は得られなかった。前391年にはペルシアから離反したが,前386年のアンタルキダスの和約によって,キプロス島は再びぺルシアに支配された。その後,再びエウアゴラスはペルシアに反抗したが,まもなく彼は暗殺された。ヘレニズム時代にはプトレマイオス家の支配をうけ,紀元58年にはローマの属州となった。