●紀貫之 きのつらゆき
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?〜945?(?〜天慶8?)歌人。『古今集』撰者の一人。土佐守をへて,従四位下木工権頭(もくのごんのかみ)で没する。若き日より,いくつもの歌合で,歌を詠み,歌人としての評価を得,醍醐(だいご)天皇の勅命で,当時の著名歌人らと,『古今集』を撰進する。最初の勅撰和歌集で,その始めの,仮名序(かなじょ)を貫之が記している。そこには,心と詞(ことば)の調和が説かれ,和歌の歴史をふり返りながら,和歌が漢詩と対等の文学であることが,主張されている。930年(延長8)正月,土佐守に任ぜられる。土佐の地は,遠流の地で,それまで都を離れることのなかった,貫之にとって,それは衝撃的な出来事であった。934年(承平4),任を終え都に帰着するが,そのあいだ55日にわたる旅日記をまとめたものが『土佐日記』である。貫之は,女性に仮託して,仮名文による機知に富む散文を『土佐日記』のなかで縦横に駆使している。