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●紀年法(日本) きねんほう

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 紀とは「記」「識」,すなわち「しるす」ことで,紀年とは年の記し方である。わが国固有の年の数え方は,初めはおそらく,朝鮮から学び干支のみを用いたと思われる。甲より癸にいたる十干と,子丑より戌亥に至る十二支を組み合わせ,初年を甲子,次年を乙丑とするので60年で初めの甲子に戻る。『古事記』崇神天皇以後の天皇の崩年や,『日本書紀』引用の古書や古金石文により,このことが証明される。推古天皇以降は,中国の制に準拠して年号がたてられるようになった。いつのころか中国に,この干支の組み合わせにより,その年の世の動きを知ろうとする讖緯の説がおこり,わが国に入って『日本書紀』の紀年に影響した。甲子は革令,辛酉は革命,戊午は革運というのがそれで,神武天皇即位(前660)は辛酉,日向発進は甲寅,仏教伝来は戊午にあてられた。

〔参考文献〕伴信友『日本紀年暦考』伴信友全集

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